はじめに
近年、乳牛の育種改良に伴って泌乳量が増加しており、分娩後に肝臓の機能低下に起因するケトーシスや乳房炎、第四胃変位などの代謝病、特に潜在性ケトーシスが増加する傾向にあり、その対策が検討されている。
潜在性ケトーシスは、分娩後のエネルギー不足や肝臓機能低下によって生じるケトーシスの前段階の病態であり、ケトン血症、ケトン尿(乳)症を呈し、泌乳初期の10~30%の乳牛が潜在性ケトーシスを示して乳量損失や繁殖成績の低下、免疫機能の減少、周産期疾病の発生を招来することが知られている。
また、潜在性ケトーシスのスクリーニングやモニタリングは、血中や尿中、乳汁中のケトン体(3-ヒドロキシ酪酸:BHBA)によって評価可能である。健康牛の血中BHBA濃度は560μM/L以下であるが、潜在性ケトーシスでは800μM/L以上の血中BHBA濃度を示す。血中BHBA濃度が1,400μM/L以上になると、第四胃変位が3倍に増加すると報告されている。さらに、貯蔵の粗飼料におけるカビ毒(マイコトキシン)の汚染による消化器病や肝臓障害も散見される。
今回、肝臓機能の改善効果が確認されている薬草の“甘草(カンゾウ)”を、周産期の乳牛に飼料添加した際の肝臓機能の維持効果について検討したので、その結果を報告する。
甘草とは
甘草は東アジアが原産のマメ科植物の根であり、ヒト医療においては肝臓機能の改善効果があるグリチルリチン酸が主成分である薬草として知られている。家畜では、甘草の飼料添加による繁殖障害や免疫機能の改善に対する効果が研究されている。
甘草の飼料添加
供試牛は本学で飼養されている妊娠乳牛15頭で、供試牛を対照群5頭と甘草群10頭の2群に分類し、甘草群に対して1頭当たり日量200g(甘草20g含有)の甘草ペレットを飼料添加した。
甘草ペレットの給与期間は分娩予定30日前から分娩後90日間の合計120日間で、分娩予定30日前と分娩日、分娩後14日、30日、60日および90日の計6回、血液検査を行い、2群間における血液成績を比較した。
成績
乳牛の肝臓機能を評価する血液3-ヒドロキシ酪酸濃度(BHBA)、血清GOT活性値および血清遊離脂肪酸濃度(NEFA)における対照群と甘草群の推移の比較を図1、図2および図3に示した。
図1 – 血液BHBA濃度
対照群の血液BHBA濃度は、分娩後に増加して分娩後14日に947±481μM/Lの最高値を示した後、分娩後90日まで潜在性ケトーシスの状態である800μM/L以上の濃度で推移した。
一方、甘草群は分娩後14日まで対照群と同様に増加したが、分娩後14日の値が809±378μM/Lで対照群に比べて低値であり、その後も対照群に比べて低値で推移し、潜在性ケトーシスの状態を示すことはなかった。
図2 – 血清GOT活性値
対照群の血清GOT活性値は、分娩後14日に103±19 IU/Lの最高値を示した後、分娩後30日以降は81~87 IU/Lで推移した。
一方、甘草群は分娩後14日に対照群と同様に増加したが、92±15 IU/Lで対照群に比べて低値を示し、その後は対照群とほぼ同様な推移を示した。
図3 – 血清NEFA濃度
対照群の血清NEFA濃度は、分娩日に0.72±0.41mEq/Lの最高値を示した後、分娩後14 日以降は漸次低下した。
一方、甘草群は分娩日に対照群と同様に最高値の0.54±0.40mEq/L を呈したが、対照群に比べて低値であり、その後は対照群とほぼ同様に漸次低下した。
結論
今回、乳牛の分娩後における肝臓機能の改善維持の目的で、ヒト医療で肝臓機能の改善効果が確認されている“甘草”を分娩予定30日前から分娩後90日までの120日間、飼料添加して肝臓機能を評価する血液所見の推移を対照群と比較した。
その結果、甘草群における分娩後の血液BHB濃度、血清GOT活性値および血清NHFA濃度の低下が認められ、甘草を飼料添加によって潜在性ケトーシスの状態に陥ることなく、乳牛の周産期における肝臓機能が健康に維持されることが確認された。この成績は、甘草の主成分であるグリチルリチン酸の肝臓機能の改善効果によるものと考える。
以上の結果から、甘草の飼料添加は乳牛の周産期における潜在性ケトーシスの軽減と肝臓機能の健康維持にとって有益なサプリメントになり得ることが確認された。現在、乳生産と繁殖性に対する効果についても検討中である。